大判例

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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)4811号 判決

原告

金商又一株式会社

右代表者

小寺泰蔵

右訴訟代理人

林藤之輔

夏住要一郎

間石成人

中山晴久

石井通洋

高坂敬三

被告

小澤紡績株式会社

右代表者

小澤行雄

右訴訟代理人

寺澤弘

正村俊記

右訴訟復代理人

木下芳宣

主文

一  被告は、原告に対し、金四五万七四一六円及びこれに対する昭和五六年一月二八日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因について〈省略〉

二相殺の抗弁について

1(本件契約の成立)〈省略〉

2(相殺の意思表示)〈省略〉

3 (本件商品の引渡)

(一)  本件契約が、訴外会社が自ら所有占有している本件商品を被告に売渡し、被告は原告にこれを売渡し、さらに訴外会社がこれを原告から買い戻すという一連の取引の一環であることは当事者間に争いがなく、右事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する〈証拠〉は前掲各証拠に照らして措信しえず、他に認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  訴外会社は、撚糸の委託加工及び製造販売を目的とする会社であるが、原告は従前より訴外会社と関係が深く、訴外会社から担保を徴しつつ同社に対し、五〇〇〇万円の与信枠を設定して商品を売掛けていた。一方被告は、昭和五二年ころから、訴外会社より撚糸を仕入れるようになつて取引を開始し、主に買掛けの取引が多く、売上実績は少なく与信枠も小さかつた。

(2)  訴外会社の営業担当者不破攻一(以下「不破」という)は、昭和五五年八月上旬ころ、自己の売上げノルマ達成のため、季節商品である本件商品を売上げる必要に迫られ、被告会社の営業担当者和田隆次(以下「和田」という)に対し、のちに買い戻すことを条件として本件商品を買い取つてもらうことを依頼した。しかし和田は、被告から訴外会社への売買の与信枠が小さいこともあり、他の商社を介してでなければ出来ない旨回答した。そこで不破は、同月下旬ころには与信枠に余裕のでる原告を間に介在させることとし、和田に対して、本件商品を被告を通じ原告に買い取らせ、これを訴外会社において買い戻すという取引を申し入れた。

(3)  和田は、原告の営業担当者中西義則(以下「中西」という)に連絡をとり、その仕入れルートを明らかにしないまま、本件商品を訴外会社に売却したいので、その取引に介入してもらうよう依頼した。そのころ、訴外会社の専務も、中西に対して被告からは与信枠がなく直接買えないので、間に入つてくれるよう申し入れた。

(4)  中西は、右各申出に応じ、結局、三者の間に、被告が原告に対して、昭和五五年八月二七日、本件商品を代金四六八万円(キロ単価一一七〇円)で売渡し、原告は訴外会社に対し、代金四八〇万円(キロ単価一二〇〇円)で売渡すこととし、手形のサイトはいずれも一五〇日の金利なしとする旨の合意に達し、本件契約及び原告から訴外会社への売買契約が成立した。

(5)  一方、被告は訴外会社から、本件商品を代金四五六万円(キロ単価一一四〇円)で仕入れることとしていた。しかし、中西は右事実、即ち、訴外会社が現実に本件商品を所有占有しており、本件の取引は、原告及び被告を介して、訴外会社の下へ一巡するにすぎない書類上の取引であることを知らされていなかつた。

(6)  原、被告及び訴外会社間においては、次のとおり伝票類の授受がなされた。訴外会社は被告に対し、昭和五五年八月二七日、同月二六日付の納品書及び請求書を交付した。原告は被告に対し、訴外会社を出荷先とする同月二七日付出荷依頼書を交付し、これに対応して、被告は原告に対し、同日付出荷案内書をもつて訴外会社への出荷の通知をなすとともに、同日付の請求書を交付した。原告は訴外会社に対し、同年九月一日付請求書、注文請書及び納品書を交付し、同時に本件商品の受領書用紙も送付し、受領書の返送を求めた。訴外会社は、これに応じそのころ原告に対して受領書を送付した。

(7)  訴外会社は、昭和五五年九月九日、被告より、両者間の売買代金として額面合計四五六万円の手形二通の振出しを受けたが、その際、訴外会社代表取締役奥村洋一郎は、前記の被告の原告に対する出荷案内書控に「上記商品正に受領致しました」と記載した。

(8)  以上のように、本件の一連の取引に関する書類は授受されたが、本件商取引自体は現実に移動することなく、終始訴外会社の直接占有下にあつた。ところが、訴外会社は、昭和五五年九月三〇日、手形の不渡を出して倒産し、その際の混乱時において、本件商品は何者かによつて搬出されてしまい、その所在は不明となつた。

(9)  繊維製品等の売買においては、商品が売主から買主へ現実に移動する場合よりも、倉庫の荷受(渡)指図書の名義を売主から買主へ書替えることで引渡ありとしていることが多い。

(10)  通常の商社取引において、商社は、書類の授受のみで取引をなしていることが多く、本件においても、中西は、被告からの出荷案内書、請求書を受け取つたことで履行を完了したと意識していた。

(二) 以上の事実によれば、本件において原告がなした取引は、いわゆる「介入取引」と称されるものであつて、実質的な売主と買主の間に介在し、商社が有している金融力、信用力をもつて、実質的には金融又は保証的機能を果たしその売買を円滑ならしめているものであるが、原告は、本件商品の授受には直接関与することなく、また本件商品の占有移転の方法についても特段の関心を有さず、従つて直接占有している被告から引渡を受けようと、被告以外の第三者が占有している場合にはその第三者から引渡を受けようと、最終的に訴外会社が本件商品を占有下におさめることができさえすれば、被告と原告との売買においても、本件商品の引渡があつたものとする意思であつたと推認することができる。即ち、被告以外の第三者が占有している場合においては、訴外会社に本件商品が占有移転されている以上、原告は原、被告間の指図による占有移転に対し黙示の承諾を与えたものということができる。

ところで、本件のように、本件商品を当初から占有している者が、最終の買主である訴外会社である場合においては、現実に商品が当事者の間を移動することが省略され、一連の書類の授受によつて観念的に本件商品が循環したといえる。殊に本件では訴外会社は被告に対し、本件商品を受領した旨のメモを作成交付し、原告に対しても受領書を送付しているのであるから、現実に商品の移動がなく、終始訴外会社の下に存したとしても、究極においては訴外会社が本件商品の引渡を受けたものといわなければならない。

そうである以上、被告、原告間の取引において、本件商品につき指図による占有移転がなされたものということができる。

4 (詐欺による取消し)

(一)  前記3(一)において認定した事実によれば、本件における原、被告及び訴外会社の取引は、最初の売主たる訴外会社が、原、被告を経由して最終的に買い戻すというものであつて、商品は全く動かない書類上の売買にすぎない。これは「業転取引」又は「三角取引」といわれるものに相当し、形式的には売買であるが実質的には訴外会社に対する金融であること、又被告は、原告を介在させることにより、訴外会社からの回収不能の危険を免れ、この危険を原告に転嫁することができることは明らかである。

(二)  ところで、本件において、原告の意図した取引は、前記のとおりいわゆる「介入取引」であるが、前記認定の事実によれば、訴外会社が原告に振出す手形と原告が被告に振出す手形とはそのサイトが同一である上、原告が本件取引に介入した主たる理由は、被告の訴外会社に対する与信枠が小さいため直接売買できないことにあるから、原告の役割は、専ら原告の訴外会社に対する与信枠を被告に付与することであり、その対価として原告は労せずして口銭を取得するといえる。即ち、被告は、自らは与信していない訴外会社への売買を、原告の与信枠を利用することで可能としており、経済的な機能において、被告は、訴外会社の信用を補完し、回収を確実ならしめるため、原告を介在させている。従つて、被告が訴外会社からの回収不能の危険を免れ、これが原告に転嫁されることは、むしろ本来的な目的といつても差支えない。よつて、このこと自体では詐欺の理由となるものではない。

(三)  そこで、原告は、実質が訴外会社に対する融資であることが明らかな三角取引であることが当初から判明しておれば、本件契約を締結しなかつたものであり、このような場合、被告は原告に対し、取引の実態を告知すべき信義則上の義務があるのにこれをなさなかつたと主張する。

〈証拠〉によれば、原告には、取引に関連する投資、融資、立替及び保証については常務会の承認が必要であるとする旨の内規があることを認めることができる。そして〈証拠〉は、本件の取引が、実質は訴外会社に対する融資であり特殊な取引であるから右内規に牴触すると証言する。もつとも、三角取引ではない通常の介入取引の実質的機能も金融ないし保証であるから、本件取引が右内規に牴触するという主たる理由は、三角取引が異常な取引であつて、相手方の信用について強く疑念を抱かざるをえないということであろう。

しかし、〈証拠〉によれば、

(1)  繊維業界においては、本件のような三角取引が、暗黙裡にしばしば行なわれていること

(2)  ことに、訴外会社は、昭和四〇年代後半ころより、多数回にわたつて、この種の取引を実施しているが、いずれも格段の問題を生じていないこと

(3)  訴外会社の不破は、自らの売上ノルマの達成の必要上、被告の和田に対し、本件取引を申し入れたものであつて、訴外会社の経営危機の事実を確知してこの救済のためなしたものではないこと、

(4)  従つて、和田も、訴外会社の経営状況を察知しておらず、従前の三角取引と変わりがないと信じていたこと

以上の事実を認めることができ、右認定に反する〈証拠〉は前掲各証拠に照らして措信しえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。そうであれば、この種三角取引がなされたことだけで、訴外会社の信用を決定的に疑わしめるとはいえず、また、被告が、訴外会社に対する信用不安を抱きながら、ことさらに本件の取引をなしたものでもない。

さらに、〈証拠〉によれば、商社間の取引において、売主が買主に対し、その商品の仕入れルートを開示することは、通常ありえないことが認められる。

以上を総合すると、原告が健全な与信管理の必要上内部的に本件のような取引を規整していたとしても、相手方たる被告には、本件取引の実態である三角取引の事実を告知すべき信義則上の義務があるとまでいうことはできない。

よつて、詐欺による取消しの主張は採用することができない。〈以下、省略〉 (森宏司)

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